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東京地方裁判所 平成4年(ワ)21087号 判決 1995年11月15日

住所<省略>

甲事件原告・乙事件被告

右訴訟代理人弁護士

安彦和子

東京都江東区<以下省略>

甲事件被告・乙事件原告

東陽レックス株式会社

右代表者代表取締役

千葉県市川市<以下省略>

甲事件被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

小川休衛

右訴訟復代理人弁護士

吉岡毅

主文

一  甲事件被告らは甲事件原告に対し、連帯して金二〇六四万七二一七円及びこれに対する平成四年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告のその余の請求を棄却する。

三  乙事件原告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件につきこれを四分し、その一を甲事件原告の負担とし、その余を甲事件被告らの負担とし、乙事件につき乙事件原告の負担とする。

五  この判決は、一項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

甲事件被告(以下、甲乙事件を通じ「被告」という)らは甲事件原告(以下、甲乙事件を通じ「原告」という)に対し、連帯して金三〇二八万七〇二五円及びこれに対する平成四年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

被告東陽レックス株式会社(以下「被告会社」という)と原告との間の平成二年七月四日付取引契約に基づく商品先物取引に関し、被告会社の原告に対する不法行為に基づく損害賠償債務が存しないことを確認する。

第二事案の概要

一  前提となる事実

1  被告会社は、東京穀物商品取引所等の商品取引員の資格を有する会社で、顧客の委託を受けて右商品取引所等において商品の先物取引をしているものであり、原告はその顧客である。

被告Y1(以下「被告Y1」という)は平成二年当時被告会社渋谷支店営業部の課長、B(以下「B」という)は同じく係長の地位にあった者である。

原告は、昭和三八年四月、高校を卒業してa1保険株式会社(現a保険株式会社)に入社し、昭和六三年三月、岡山支店長代理を最後に準停年退職した後、関連会社である株式会社b1教育センター(現b教育センター)に入社し、以後同社首都関信越センターの主任講師(平成四年四月から業務統括部長)として勤務していた。

2  原告は、被告会社との間で商品先物取引を開始する以前には、商品先物取引の経験は皆無であり、商品先物取引に関する知識も特に持っていなかった。また、株式については、勤務先の持株会に加入して取得した自社株及び義父から譲り受けた東京電力株式会社の株式を有し、資金が必要なときに右持株会から株を引き出して証券会社の窓口で売却したことはあったが、それ以外に株式の売買をしたことはなかった。

3  原告は、平成二年七月四日、被告会社との間で、商品先物取引の基本委託契約(以下「本件基本契約」という)を締結し、これに基づき、平成二年七月五日から平成四年五月一三日までの間、別紙取引一覧表記載のとおり米国産大豆及び小豆の先物取引(以下「本件取引」という)を行った。

4  原告は被告会社に対し、別紙証拠金等一覧表記載のとおり本件取引の委託証拠金又は帳尻金名下に合計二五七七万六〇二五円を交付し、被告会社から右委託証拠金のうち二四〇万円の支払を受け(株券と差し替え)、また、証拠金代用として①a保険株式会社の株券合計五〇〇〇株及び②東京電力株式会社の株券合計一一〇〇株を交付した。

右株式の東京証券取引所の市場終値は、平成四年一一月二四日(本件訴訟提起時)において①が一株八一九円、②が二五六〇円であり、平成七年八月二五日(口頭弁論終結時)において①が一株六五二円、②が二六〇〇円である。

(以上の事実は当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めることができる。)

二  原告の主張

1  本件取引開始時における不法行為

(一) 違法事実の隠蔽

先物取引については、取引に先立って取引関係書類を事前に交付すべきことを義務づけている。

本件において、原告が米国産大豆五〇枚を注文したのは平成二年七月二日であり、しかも、Bと被告Y1から即断を迫られ、特にBから「今承諾すると二七二〇円の予約ができるので、この値段で買える」と言われて承諾したものである。ところが、実際の取引日は同年七月五日、取引価格は二八〇〇円となっている。Bが原告に対して取引関係書類を交付したのは同年七月四日であるが、被告らは、契約書等を手交した後でなければ注文を取ってはいけないことを逃れる手口として、原告に書面を手渡した翌日の五日に取引をしたものである。

なお、原告が二七二〇円で注文しているのであるから、二八〇〇円で買う場合には事前の承諾を要するのに、その承諾を得ずになされたから、本来同取引は無断で行われたものである。原告は、後日、二八〇〇円で買われていることを知ったが、被告Y1から大幅の値上がりがあるとの期待を抱かせる勧誘を受け、Bから三五〇〇円の値上がりすら期待できるとの勧誘を受けていたので、多少高値で買われても異議を述べる気にならなかった。

(二) 重要事項の不告知

被告Y1らは、先物取引の知識経験皆無の原告に対し、先物取引の重要事項、例えば高度の危険性、追加証拠金を含む証拠金制度、注文内容、取引の仕組みなどを説明して理解させたり、追加証拠金制度に備えての資金的余裕の必要性、取引による損害発生の心構えをさせるなどの基本的事項を説明して理解させるべき義務がある。

ところが、被告Y1らは、右義務をことごとく怠ったために、原告は本件取引の重要事項を理解しないまま取引に引き込まれてしまった。原告は、本件取引について正しく理解していたならば、絶対に同取引をしなかったものである。

(三) 重要事実の不実告知

商品先物取引は少額の取引証拠金で高額な取引をする仕組みになっているので、僅かな値動きで高額な損害を被る極めて投機性が高いものであり、かつ、その値動きは国外国内の政治・経済情勢・気候など、複雑な要因に左右されるから、専門家でさえ値動きを予測することは非常に困難であり、このことは業者自身が最も知っているところである。

一般消費者が先物取引で損をする割合については理論上、ゼロサムゲームの世界であるから五割、それに業者に支払う手数料を加味すると七割と算定している。ところが、実際の損害の割合は七割よりはるかに高い。素人にとって利益を得る確率は益々ゼロに近くなっていき、損をする確率は殆ど一〇〇パーセントといっても過言でない。

このように先物取引によって消費者は損をし、大きなリスクを負うのであるが、新規委託者は、危険性を理解して損を覚悟で先物取引をすることが自己責任の基本であるから、新規委託者に対しては、先ず何よりもこの危険性を理解させなければならない。

危険告知をすべきことは、信義則から当然に導かれるほかに、業界が規定する受託契約準則二三条「顧客に対し、先物取引の危険性を告知せずにその委託を受けてはならない」、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘は受託業務の適正履行義務に背くものであり、社会的信用の保持並びに委託者保護に欠ける行為として、厳に慎むこと」、受託業務に関する協定4「商品先物取引の勧誘にあたっては、……‥省略……‥商品先物取引のしくみおよびその投機的本質について充分説明し危険開示を行ない、……‥省略……‥」などに根拠をおくことができる。右のように幾重にもリスク説明を義務づけているのは、高度の危険性を伴う先物取引を勧誘するに際して、新規委託者に理解させるべき最も重要な基本事項であるからである。

本件においてB及び被告Y1は、原告に対し、本件取引の危険性の告知をしなかったという消極的な義務違反にとどまらず、「今米国産大豆を買えば絶対に儲かる」とリスクを打ち消す儲け話をしてその旨を原告に誤信させたという積極的な説明義務違反行為を行った。

(四) 過量取引

先物取引は複雑でハイリスクを伴うため、非常に高度な専門知識を必要とし、商品の将来における値動きを予測する判断能力及び投機資金の余裕のあることを要する。また、先物取引は現に行ってみなければ理解しにくいことは経験則上明らかであるので、業者らは新規委託者保護期間として三か月間は、特別事情のない限り取引枚数を二〇枚以下に制限している。

ところが、本件において、原告にとって初めての取引であるから、B及び被告Y1は、判断能力と資産能力に相応した枚数を勧めるべきところ、特別事情がないのに当初一〇〇枚を勧めて最終的に五〇枚、同売買金額約三五〇〇万円という実力不相応の取引をさせた。

なお、新規委託者である原告に五〇枚もの取引をさせるために、被告会社の顧客カードには、いかにも原告が資産を有しているかのような事実無根の資産内容が記載されている。

(五) その他の違法

Bは「c実業の同窓生からの紹介である」との虚偽事実で原告に接近したり、原告が再三断っているにもかかわらず、ハイリスクの伴う取引を執拗に勧めたり、原告に十分に考える時間的余裕を持たせるべきところを、原告の勤務先に電話をし、即断を迫って取引を決意させたなどは、違法性を強める根拠となる。ハイリスクを伴う取引であるから、できる限り原告の自由意思を尊重すべきであり、また、平成二年七月五日の値段で取引がなされているのであるから、七月二日に即断させる意味は全くなかった。

(六) 原告は、B及び被告Y1の不法行為により取引開始時の米国産大豆五〇枚の買建玉に損が出たので、この損を取り戻すために以後取引を繰り返したから、取引開始後に発生した損害は、当初の不法行為と相当因果関係にある損害である。

なお、原告は積極的に一度も注文をしたことがない。

2  本件取引開始後の不法行為

(一) 両建

被告らが利益を得るには、より多くの枚数とより多くの取引を顧客に繰り返させることであり、そのために使われるのが両建である。高値で大量に買うほど、値下がりによる損害は大きく、それまで儲かると信じ込まされていた顧客は大損により大衝撃を受けるが、それを利用して、いかにも取り戻せるかのごとく誤信させて取引回数を増やす手口が両建である。値下がりにより損(買建の場合)が発生したときに損切りをさせると取引が終了し、追証を入れさせると取引回数が増えず、会社にとってうまみがないからである。本来、両建は委託者にとって無意味であることは業界における自明の理である。それをあえて両建させる意図は、証拠金を出させることにより、より多くの枚数の取引をさせ、取引回数を多くさせることにある。

原告の場合、大豆を平成二年七月五日二八〇〇円で五〇枚、小豆を同年一一月二九日八七四〇円で四〇枚買わされたが、いずれも最高値であった。大豆については五日後の七月一〇日、小豆については一四日後の一二月一三日に、いずれも「値下がりを食い止めて損を取り戻す」という理由で両建をさせられている。

しかも、当初の高値で買った大豆と小豆は、その後これらの建玉が放置されている。すなわち、大豆については右の後の一〇月二九日、一一月六日、一一月一三日に各一〇枚を買って、これらを一一月三〇日に仕切り、翌平成三年一月二一日に四〇枚を買って、三月一八日に仕切っているのに、当初に買った五〇枚のうちの四〇枚が放置されて、平成三年五月七日に一〇枚、五月一七日に三〇枚仕切られ、合計八四二万五〇〇〇円の損金を出している。小豆については、その後の平成三年一月三一日に一〇枚買って三月二二日に仕切り、当初の四〇枚を三月二九日に二〇枚、四月三日に二〇枚が仕切られている。

これらの放置された建玉は因果玉と呼ばれている。因果玉を持たせておくと、これを利用して容易に幾度も取引を繰り返させることができる。これらを放置してその間に他の玉が頻繁に売買がなされていることは、別紙取引一覧表の記載から明らかである。

(二) 仕切拒否

原告は数度被告Y1に「取引を早く終わらせてくれ」との申入れをしたが、その都度「もう少し様子を見た方がよい。今手仕舞う時期ではない」などと言って応じてもらえなかった。

原告は、米国産大豆及び小豆についての情報を入手できるわけではなく、知識も自信もないから、プロの被告Y1から言われると、同被告の言う方に傾くことは被告Y1自身が熟知していた。特にハイリスクを伴う先物取引は、本来顧客の意思で取引できるように指導して、その意思を尊重すべきである。

(三) 虚偽勧誘

原告が本件取引を繰り返した最大の理由は、被告Y1及びBから、その都度「損を必ず取り戻せる」と言われた言を信じたからである。信じたのは右に述べたとおり素人と玄人との知識の差である。

原告が、もし無経験の素人から言われても取引を続けることのないことと比較すると右事実は明らかである。

(四) 過量取引

原告は、先物取引の情報源を有せず、余裕資金もないから、取引枚数を最小単位にすべきところ、当初から一度に五〇枚の注文を取り、その後も七〇枚、八〇枚、最高一二五枚の取引をさせ、往復合計二三二〇枚の取引をさせた。

その結果、原告は巨額の借金を背負い(原告の平成二年一〇月以降の証拠金はすべて不動産担保ローンによるものであり、その借入額は約二五五〇万円である)、退職年金と厚生年金基金の繰上げ支給を受けて金利の支払に充てているものの、なお不十分で、借入金が日々膨らんでいる状況にある。

被告Y1らが、原告に先物取引についての知識及び資力に応じた枚数の取引をさせていたならば、このような状況に陥るはずがなく、大きな被害も発生しなかったはずである。

原告が無知無経験の先物取引に投ずる資金の余裕のないことは被告Y1が熟知していた。同事実について原告が金のないことや借金をすることを話したり、被告らから指定された取引証拠金の支払日より借入手続のために大幅に遅れた理由を知っているからである。

(五) ころがし(手数料稼ぎ)

原告は被告Y1らの勧めによって「売」「買」合計一〇二回の取引をしている。取引の期間は平成二年七月五日から平成三年四月一六日である。非取引日を除くと、約三日に一度、つまり一週間に二回取引していたことになる。平成三年三月、四月、五月などは一度に七建玉がある。

また、当初の買建玉を放置して、これ仕切るまでの間に幾度も買と売を繰り返している。本件取引手数料の合計は七六四万八〇〇〇円であり、全損害金二一四二万八一六一円の約三六パーセントを占めている。

頻繁の売買は手数料稼ぎを意図する取引である。

3  被告らは、原告と被告会社の本件基本契約に基づき、できる限り原告に有利になるように努める善管注意義務がある。ところが、被告らは、以上に述べたとおり、右義務をことごとく懈怠したにとどまらず、積極的に被告らの利得を意図して、あの手この手を駆使して、原告から次々に金員等を引き出させて多額の損害を与えた。被告らの原告に対する不法行為は、個別的に評価すべきでなく、被告会社の利得するために、原告の無知と窮状に乗じてなされた一連の不法行為である。

4  被告Y1は原告に対し直接の不法行為者及びBをして間接的不法行為者として民法七〇九条、被告会社は使用者として民法七一五条一項に基づき、それぞれ連帯して損害賠償責任がある。

5  原告は、被告らの不法行為により、被告会社に対し、証拠金又は帳尻金名下に現金合計二三三七万六〇二五円及び証拠金代用として①a保険株式会社の株券五〇〇〇株、②東京電力株式会社の株券一一〇〇株を手交したが、本訴提起時である平成四年一一月二四日における東京証券取引所の市場終値は①は八一九円、②は二五六〇円、合計六九一万一〇〇〇円であった。ところが、平成七年八月二五日(口頭弁論終結時)の終値は、①が六五二円、②が二六〇〇円、合計六一二万円となり、合計七九万一〇〇〇円のマイナスとなった。

しかし、原告は、被告らの不法行為により、①については平成二年七月九日に三〇〇〇株、同月一七日に二〇〇〇株、②については、同年七月二七日に二〇〇株、同年一〇月一七日に六〇〇株、平成三年二月一三日に三〇〇株を交付させられたものであり、原告は右以降それぞれ株売却が不可能となったものであるから、株価の下落は被告らの責任である。

6  よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、株式について本訴提起時の市場値を基礎にした合計三〇二八万七〇二五円(株式について口頭弁論終結時の市場値を基礎にした場合は合計二九四九万六〇二五円)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年一二月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯による支払を求める。

三  被告らの主張

1  本件基本契約締結に際しての違法性について

(一) 原告は、平成二年七月二日に、原告の勤務先において、少なくとも一時間以上はBから商品先物取引の説明を受けており、同月四日、本件基本契約を締結した際、Bが委託のガイドを原告に交付して説明を行い、原告もこれを読んでいる。また、原告が右契約締結の際、署名押印してBに手渡した約諾書には、「先物取引の危険性を了知した上」「私の判断と責任において売買取引を行うことを承諾した」との記載があり、右署名押印の際、原告も当然にこれに目を通している。

原告は長年にわたって保険会社の重要な地位にあり、しかも、十数年前に原告の妻が先物取引に引き込まれたことを知って、素人がやるべき取引ではないと思いやめさせたというのであるから、先物取引の危険性についても十分理解し、委託のガイドを熟読研究していたと考える方が自然である。

(二) 原告は、署名押印した文書の重要性を十分認識し、部下等にもそのように指導してきたはずであり、その文書よりも、セールスマンの「絶対儲かる」という口頭での話を信用したというのは不自然極まりない。

(三) したがって、原告が商品先物取引の知識経験が皆無であったこと及びBらが商品先物取引の危険性や相場の変動により追証拠金を必要とする場合があること等の重要事項の説明をしなかったとの主張は信用できない。

2  個別取引について

(一) 断定的虚偽事実の提供について

原告は、最初の取引に際し、絶対に儲かるとの断定的虚偽事実を告げられてその旨誤信し、米国産大豆五〇枚を買った旨主張する。

確かに、原告は右大豆が値上がりすると判断しなければ買いを建てるはずはないし、被告会社の社員が値上がりの見込みを原告に提示したのも事実であろう。

しかし、原告は先物取引の危険性を十分認識していたというべきであるから、そのような原告に対して、後日の紛争の原因となるような「絶対儲かる」「確実に儲かる」等のことを被告会社の社員が言うはずがない。また、仮に原告がそのようなニュアンスで社員の言辞を受け取ったとしても、原告自身、少なくとも「一般的に損をすることもありうる」と認識していたのであるから、右言辞ゆえに「確実」「絶対」に儲かると信じたということはあり得ない。すなわち、被告会社社員の右言辞と原告の売買注文及び値下がりによる損失とは相当因果関係がないといわざるを得ない。

(二) 予約注文の不履行について

原告は、平成二年七月二日に米国産大豆五〇枚を二七二〇円で買い注文の予約をしたのに、実際の建玉は七月五日であると主張するが、委託証拠金を受領しないまま商品取引員が売買取引を受託すること(無敷)は禁止されている(商品取引法九七条一項、委託契約準則八条)。

また、七月二日には原告から約諾書も受領していないのであるから、被告会社が建玉をしても原告の気が変わって委託証拠金を支払わず、被告会社が委託証拠金債務を負担するということもあり得るのであり、被告会社がそのような危険を負ってまで原告の注文に応じて建玉をするはずはない。

(三) 新規受託者の建玉制限違反について

被告会社は、原告から七月四日に三〇枚、翌五日に二〇枚の売買注文を受けた際、その建玉については、統括業務責任者たる常務取締役の許可を受けており、新規受託者保護の手続を履践しているのであるから、何らの違法はない。

(四) 両建について

両建は、相場の変動が予期に反して計算上損勘定を生じた場合、手仕舞をして損金額を確定させて現実に右債務を支払うことを避け、その後の相場の変動状況に沿って両方の建玉を個々に最良の条件のときに仕切ろうとする場合に行われる手法であるが、現実にも、原告も、両建によって損を回復している部分もあり、また、原告も、被告会社の社員のアドバイスがあったとはいえ、自らの判断で行っているものであるから、本件における両建及びその勧誘が社会的相当性を欠く違法なものということはできない。

(五) その他の主張について

原告は、被告会社から、取引の都度「売付・買付報告書及び計算書」、毎月一回「残高照合通知書」のそれぞれ送付を受けており、右残高照合通知書には「同封の回答書により本残高照合通知書の記載内容のご確認及び返還可能額の取扱いにつきまして、ご指示(回答)をお願いします」と記載されているが、これらに対して一度も回答書を返送してきたことはない。しかも、残高照合書に署名押印して被告会社に交付していながら(同文書には「お取引きに対し、ご不審な点、内容不明な点は、何なりとご質問いただく」と記載され、顧客サービス部の電話番号が表示されている)、一度も顧客サービス部に苦情を述べたことがない。原告は、自らの判断で納得の上で本件取引を継続してきたものであり、それ故に、何らの回答、苦情も述べなかったといわざるをえない。

3  原告は、本件取引について、一貫して納得の上で行っていたものであるにもかかわらず、結果的に損をしたため、被告らの行為を違法と断じてその取戻しを図っているものであるが、被告らの行為には何らの違法はないのであるから、このような請求に応じなければならないいわれはない。

4  仮に、被告らに若干責められるべき点があり、原告に対しそれによる損害を賠償すべき義務があったとすれば、被告らはそれと原告の本件過失との過失相殺を主張する。

第三当裁判所の判断

一  本件取引開始までの経緯

甲第一号証の一、二、第二号証、第五号証、第九号証、乙第二ないし第五号証、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、乙第一九号証、証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

1  原告は、平成二年六月中旬頃、被告会社社員のBから突然「Xさんの出身校のc実業の同窓生から紹介されたので、ぜひお会いしたい」との電話を受け、誰からの紹介か、何の用件かを聞いたが、「お会いしたうえで」とのことであったので、何かの売り込みであろうと考え、忙しいからと断った。その後もBから二、三回電話があったが、その都度多忙を理由に断った。

2  同年六月下旬、Bが原告の勤務先を訪問して面会を求めてきたため、原告は断り切れず、勤務先の一階ロビーでBに会った。原告が誰の紹介かを尋ねても、Bは答えず、さかんに米国産大豆の商品先物の話をして、今大豆が買いどきである旨を力説したが、原告は全く関心がないとしてこれを断った。

3  Bは、同年七月二日午前九時過ぎ頃、勤務先の原告に対し、取引場の場立ちの喧騒とした音声のようなものが流れている中から電話で、興奮した声で「今大豆の値がどんどん上がっている。今買えば絶対儲かるから一〇〇枚程度買ったらどうか。今だったら二七二〇円で予約できる。すぐ決めて欲しい」などと言ってきた。原告が断った筈だとして何度も電話を切ろうとすると、Bは「一寸待って下さい。Xさんになんとか利益をとって欲しいのです。三五〇〇円も夢ではない」と執拗に勧めるため、原告が「なぜそんなに勧めるのか。間違いなく儲かるのであれば自分で買ったらどうか」と言うと、Bは「インサイダー取引になるのでできない」と答え、「今すぐ返事を」と迫り、「間違いなく儲かる」と繰り返すため、原告は次第に同人の言を信用できると思うようになり、一〇枚が最小単位と考え、「一〇枚なら買ってもよい」と言うと、準備できる金額分だけ買ってくれと言われたので、結局三〇枚買うことを承諾した。

4  原告が電話を切ってしばらくしてBの上司である被告Y1から電話があり、取引承諾のお礼を述べ、取引枚数を増やすことを強く勧めた。被告Y1の執拗な勧誘に原告がそれなら取引を止めると言うと、被告Y1が「絶対に儲かる。この道一〇年のプロの言うことを信じてくれ」などと言ったため、会議の予定時刻が迫っていた原告は、更に二〇枚買うことを承諾した。

5  原告は、カードローンと銀行の総合口座からの借入れを利用して、Bに対し取引証拠金として同年七月四日一五〇万円、翌五日一〇〇万円を渡した。当時原告としては、自分の資金を出すのは今回限りとし、利益が出たときはその範囲で取引を継続するつもりであった。

6  原告は、同年七月四日、勤務先のロビーでBに現金を渡した後、約諾書、通知書、取引印鑑届出書等に署名押印し、同人から商品先物取引委託の説明書等の交付を受けた。その際、原告はBから簡単な商品取引の説明を受けたが、説明書については「読んでおいて下さい」という程度で、一般論としては損をすることがあるかもしれないが、今回の取引に関してはそのようなことはあり得ないし、絶対大丈夫ということであった。

二  取引開始後の経緯

甲第五号証、第九号証、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、乙第一九号証、証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

1  原告は、平成二年七月五日以降一〇〇回を超える取引をしたが、その殆どすべては被告Y1の指示・勧めによるものであり、原告が自ら積極的に注文したことは一度もなかった。損を取り戻す筈の取引がまた損を生み、悪循環となって、原告は被告Y1に不信感を抱きつつ他に頼る者もなかったため、損を回収するため被告Y1にアドバイスを求め、勧められるままに取引をしてきた。

2  原告は、商品取引の実態もよく理解しないまま、被告Y1の勧めに従って枚数を増やしたところ、予想もしなかった損が生じたことから、その損を取り戻そうと、被告Y1らの勧めで両建をすることになり、値下がりによって損が生じているにもかかわらず、被告Y1から「計算上のマイナスで、現実に損が出ている訳ではない。相場は上下するから長く取引を継続すれば必ずチャンスがあるし、損は取り戻せるから信じて任せてくれ」などと言われ、被告Y1らの言うとおりにすれば何とかなると信じ込んでいた。

3  原告は、平成三年二月頃から、被告Y1に対し、一旦整理してやり直したほうがよいのではないかとの申入れを何回かしたが、その都度「整理はいつでもできる。暫く様子を見た方がよい」と言われ、それを信じるしかなかった。

三  証拠金等の支払状況及び資金手当の状況

甲第五号証、第九号証、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、乙第一九号証、証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

1  原告の被告会社に対する平成二年九月頃までの支払は、銀行総合口座からの当座貸越とカードローンからの借入れによって行った。

2  最初の取引で大きな損害が発生したが、原告は、被告Y1から相場は上下するので、継続的に取り組めば必ず損は回収でき、そのためベストを尽くすと聞かされ、当時は適切な指示が得られると信じていたことから、かなり長期を要する見込みで、必要に応じ資金を手当できる態勢を整えておく必要があると考え、平成二年一〇月から限度額を一五〇〇万円とする銀行の不動産担保ローンを利用し、カードローンの借入れもこれに切り換えた。

3  原告は、最初にBに証拠金の払込みが借入金によることを話しており、株式も家族名義のものは内緒で担保に差し入れていること、平成二年一〇月からは土地建物を担保に借り入れていることを、その時点で被告Y1らに話していた。これに対し、被告Y1はそれを十分承知のうえ、「最善を尽くす」「任せてくれ」というような言い方をしていた。平成二年一〇月から平成三年一月にかけ保有商品の値洗差損が一層大きくなり、更に追証のかかりそうな状況になったため、原告は、銀行ローンの枠を平成三年二月から二五〇〇万円に増額の手続をした。原告は、この段階で取引を打ち切ることを考えたが、予想もしなかった大きな損失になってしまったことから、被告Y1の言うとおり信じるしかなかった。

現在原告の借入金の総額は、預金担保の当座貸越を除き、約二五五〇万円に達している。

四  主要取引についての経緯

甲第三号証の一、二、第五ないし第九号証、乙第一六号証の一ないし四八、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、乙第一九号証、証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

1  平成二年七月五日の大豆五〇枚の取引価格について

原告は、二八〇〇円で買を持ったことを事後報告で知り、Bに対し、二七二〇円で予約したではないかと抗議した。しかし、既に取引が完了した後であり、値上がりするのであれば問題にすることもないと考え、それ以上の追及はしなかった。しかし、価格は、平成二年七月六日の二八二〇円をピークに、その後下がり続けた。結局、原告はほぼ最高値で買を持ったことになり、右取引による損害額は、最終的に整理した段階で約一〇三八万円(売買差金九九五万円に手数料、取引税及び消費税を加えた金額)になった。

2  平成二年七月一〇日の両建について

原告は、七月一〇日、被告Y1からの電話連絡で、相場が下がって追証が必要となったが、いずれ値段は元に戻るから、値切りしないほうがよい、追証だと現金ですぐ払込みが必要であり、万一更に下がった場合また追証が必要となるので、とりあえずこれ以上損が増えないよう同枚数の売を持てばよい、証拠金は一週間程度であれば被告会社で立替払いしておくからとの説明で、すぐ手を打たなければならないと決断を迫られ、原告は十分理解しないまま両建を承諾した。その際、これ以上資金拠出はできないこと、損の回収のため最善の手を打つことを強く申し入れ、被告Y1もこれを了承した。

3  八月一〇日、二二日の仕切りと九月三日の両建について

三年六月限の大豆は一旦二四〇〇円台まで値下がりしたが、原告は、その後二五〇〇円台まで戻ってきたところで、Bからこれから値段が上がる見込みだとして売の一部仕切りを勧められ、二度に分け四〇枚を仕切った。ところが見込みとは反対に値が下がり始め、九月三日再び両建をせざるを得なくなった。その結果損が更に拡大したため、原告はBに責任を追及したところ明確な返答はなく、同人は単なるメッセンジャーボーイ的存在であることが判明し、この頃からは直接被告Y1と話を進めるようになった。

4  一〇月二九日から一一月一三日の新規取引について

原告は、一旦両建にして損の拡大を防止し、一方状況を見ながら新たに確実に利のとれる取引をして損の回収を図った方がよいとの被告Y1の勧めに従って、九月初旬三〇枚分の資金を追加した。そのため一〇月二九日から一一月一三日にかけ、被告Y1の勧めるままに新たな取引を行った。

5  一一月二九日の小豆の新規取引について

原告は、被告Y1の「大豆の値動きが少なくなった。小豆の方が足が早く利をとり安い」との説明で、被告Y1の指示に従って、一一月二九日、大豆四〇枚(買一〇枚、売三〇枚)を整理し、三年五月限の小豆四〇枚の買を持った。しかし、取引価格八七四〇円は高値であり、その後大きく値を下げ、結局一二月一三日にはまた両建の処理をせざるを得なくなった。小豆の買は結果として更に損失を拡大する要因になった。

6  平成三年二月六日の取引について

三年六月限大豆の両建にしていた売を被告Y1の指示で仕切ってしまったことによる買の値洗差損、三年五月限の小豆四〇枚の買の値洗差損が大きく、二月六日になって追証が必要となった。原告は、被告Y1に対し、これまで何回か見通しを聞き、どう手を打つのか、どうしてくれるのかとアドバイスを求めてきたが、その都度、損を取り戻すよう努力する、必ずチャンスが来る、とにかく辛抱して長い目で様子を見てくれということであった。また、一旦整理した方がよいのではないかとの申入れをしたが、今はその時期ではない、様子を見ていた方がよいということで、整理を引き延ばされた。

しかし、このときは大豆、小豆とも値を下げ、被告Y1の言で底値に近いという中で追証がかかり、一時的であるから何とか対応した方がよいということで、安値での売を大量に持たされる結果となった。原告は、なぜ底値で売を持たなければならないのか十分納得できなかったが、とにかく時間もなく、決断を迫られ、今回だけは底値圏ということで追証による対応がよいと考えたが、即払い込む資金準備ができず、やむを得ず言われるまま銀行ローンにより証拠金を支払った。また、被告Y1から一時的な処置であるからと強調されたため、原告は、追証のかからない状態になれば多少の損をしても売は解消できるものと考えていた。原告は、その後相場が上昇に転じたため整理をした方がよいのではないかと申し入れたが、被告Y1から、まだはっきりしない、もう少し様子を見た方がよいと言われ、そのまま推移し、結局この安値の売の仕切りが遅れたことによる損失は総額六六〇万円になってしまった。

7  平成三年七月以降の取引について

原告は、値洗差損が益々大きくなっていく中で、早くこのような蟻地獄のような世界から抜け出さなければという気持や、一方では損を少しでも回収しなければとかの様々の思いが錯綜し、被告Y1の勧めるまま取引を続けた。原告は三月以降もかなりの回数の取引を行っているが、特に五月一七日の取引(九月限の小豆七〇枚の買を仕切り、一〇月限の小豆一二五枚の大量の買を持った。原告は被告Y1に対し、なぜ買なのか、売ではないのかと質したが、まだ上がる見込みだからと買を勧められ、原告としては売を持った方がよいと思ったものの決断ができず、被告Y1に任せてしまった)が起死回生のチャンスであったが、買を持ったことにより大きな損害を被った。これによる損失額は過去最大の約一八〇〇万円になり、この時にも早く手を打つ必要を迫ったのに対し、もう少し様子を見た方がよい、損切りは追証にかかったときにでもできるといった説明をされた。

8  被告Y1は、いつも一瞬一刻を争うような言い方で、原告に考える暇も与えず決断を迫った。被告Y1らに勧められた新規の取引のうち特に大口のものは殆どが大きな損失を生じている。

五  被告らの不法行為

以上認定の事実をもとに、以下、被告らの不法行為責任について検討する。

1  原告が米国産大豆五〇枚を買った実際の取引日は平成二年七月五日であるから、同月二日に注文をとる必要がないのに、被告Y1らは電話で即断を迫って五〇枚の注文をさせている。また、原告には一枚二七二〇円で買えるとして注文をとりながら、実際は二八〇〇円で買っており、二八〇〇円で買うことについて原告に事前の承諾をとった形跡は窺えない。

2  Bや被告Y1は、先物取引の知識経験が皆無の原告に対し、儲かる話ばかりして、損が出た場合の追加証拠金の制度や、これに備えるための資金的余裕の必要性等について説明していない。原告は、本件取引の高度の危険性を正しく理解していたなら、本件取引を始めなかったと考えられる。

3  Bや被告Y1は、一般的に損害を生じることもあるとの説明はしても、今米国産大豆を買えば間違いなく儲かる、三五〇〇円に値上がりすることも夢ではないなどと述べて勧誘しているもので、原告に対し先物取引の投機的本質を十分に説明しているとはいえない。

これは、商品取引所法九四条一号が禁止する「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘」したものということができる。

4  取引を開始するにあたり、B及び被告Y1は、原告に対し、判断能力と資産能力に相応した枚数を勧めるべきところ、当初から一〇〇枚を勧めて最終的に五〇枚の注文をとっている。しかも、その五日後には、両建させることによって、結局合計一〇〇枚の取引をさせている。これは、新規委託者保護管理規則が定めた保護期間三か月間における制限枚数二〇枚を大きく超えるものであって、その違法性は高いといえる。

この点について、証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果は、被告会社の統括業務責任者である常務取締役の許可を得ているとするものであるが、本件原告についてそのような個別の許可をとっているか疑わしく、仮に許可をとったとしても、その許可はBの説明や、同人の作成した顧客カードによるものというべきであるが、原告本人尋問の結果によると、右顧客カードは、原告の家族関係、取引動機、資産状況、契約までの状況等について間違った記載があることが認められ、証人Bの証言によれば、資産収入についての記載はBが推測したものにすぎないことが認められるのであって、全体として原告が株式等について豊富な経験を有し、いかにも原告が商品取引に関心があるような記載内容となっており、このような顧客カードによって許可があったとしても、新規委託者の保護について十分な配慮をしたものとは到底いえない。

5  原告は、平成二年七月五日に米国産大豆五〇枚を買った僅か五日後の同月一〇日に、被告Y1から両建を勧められ、小豆についても、同年一一月二九日に四〇枚を買った一四日後の同年一二月一三日に両建をさせられている。

両建は、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項の禁止するところであり、当該顧客との取引を継続して以後の増玉も期待でき、取引回数を多くさせて手数料収入を確保し得ることから、業者にとって有利であっても、対応する売りと買い双方に証拠金を必要とし、実質的にはその時点で手仕舞いをした場合と何ら変わらないのに手数料が倍額必要となるなど、委託者にとっては無意味であり、このような両建を安易に勧めることは違法というべきである。

しかも、最初に買った大豆と小豆はその後放置され、その間に他の玉が頻繁に売買される、いわゆる因果玉となっている。因果玉を利用することによって、その損失を取り戻すことを理由に容易に幾度も取引を繰り返させることができるものである。

6  原告は、本件取引の期間中、幾度も被告Y1に取引を終わらせるよう申入れをしたが、その都度「もう少し様子を見たほうがよい。今手仕舞う時期ではない」などと、これに応じようとしなかった。大豆及び小豆についての情報を入手しているわけでもない原告が、専門家としての被告Y1からそのように言われると、これに従わざるを得なかったと考えられ、実質的には仕切りを拒否されたも同然であったというべきである。

7  原告には、先物取引についての知識、経験もなく、余裕資金もないのに、被告Y1らは最初から五〇枚の注文をとり、その後も一度に最高一二五枚の取引をさせるなど、往復合計二三二〇枚もの取引をさせた。被告Y1は、原告に資金的余裕のないことは十分知っていたというべきである。

8  原告は、被告Y1らの勧めで、売り、買い合計一〇二回の取引をしている。取引の期間は平成二年七月五日から平成四年五月一三日までであるが、実質的な取引の期間は一年半であり、一週間に一回以上の取引をしていたことになる。また、本件取引における手数料は合計七六四万八〇〇〇円であり、原告の全損害二一四二万八一六一円の約三六パーセントを占めていることになる。このような頻繁な売買の状況は、手数料稼ぎ、いわゆる「ころがし」と評価されてもやむをえないというべきである。

9  商品先物取引は、少額の証拠金で多額の取引をすることができ、僅かな値動きで多額の損失となる極めて投機性の高いものである。そのため、顧客保護のための種々の法的規制等が行われているのであり、商品取引員及びその従業員には、右法的規制等を遵守し、商品取引に十分な知識・経験を有しない者が安易に取引に参入することがないよう、また、本人の予想しない多額な損害を被らせることがないよう努めるべき高度の注意義務が課せられているということができる。

以上に検討したところによれば、B及び被告Y1には、原告に損失を被らせる意図があったと推認されるか、少なくとも、右注意義務に違反する重大な過失があったものと認めることができる。

したがって、B及び被告Y1の右一連の行為は全体として不法行為を構成すると認めるべきであり、被告Y1は直接の不法行為者及びBをして行為をさせた間接不法行為者として、原告に対する損害賠償責任があり、被告会社は、その使用者として、同様の責任がある。

六  損害

原告は、被告らの不法行為により、被告会社に対し、証拠金又は帳尻金名下に現金合計二三三七万六〇二五円及び証拠金代用として①a保険株式会社の株券五〇〇〇株、②東京電力株式会社の株券一一〇〇株を手交したものであるから、現在まで返還されていない右現金及び株券が損害となるところ、株券については、現在の価格をもって損害と解せられるから、平成七年八月二五日(口頭弁論終結時)における東京証券取引所の①の終値六五二円、②の終値二六〇〇円、合計六一二万円がその損害となる。したがって、損害額の合計は二九四九万六〇二五円となる。

七  過失相殺

原告が、本件基本契約を締結した際、署名押印してBに手渡した約諾書(乙第二号証)には、「先物取引の危険性を了知した上」「私の判断と責任において売買取引を行うことを承諾した」旨の記載があり、また、右契約の際、Bから交付された「商品先物取引――委託のガイド――」(乙第五号証)には、商品先物取引の危険性についての説明がある。

そして、乙第七号証、第一五号証の一、二、第二〇号証の一ないし二四、証人Bの証言、原告本人尋問の結果、被告Y1本人尋問の結果によると、原告は、被告会社から、取引の都度「売付・買付報告書及び計算書」、毎月一回「残高照合通知書」の各送付を受けており、右残高照合通知書には、記載内容の確認及び返還可能額の取扱いについて、同封の回答書により指示(回答)を求める記載があるが、原告が回答書を返送したことはないこと、原告は、残高照合書に署名押印したうえ、その記載内容に相違ないことを確認して、これを被告会社に提出しているが、これには取引に対し不審な点、内容不明な点は何なりとも質問を受ける旨の記載があり、顧客サービス部の電話番号が表示されているが、原告は顧客サービス部に苦情を述べたことはないことが認められる。

原告は、これらの書面に目を通し、商品先物取引の危険性は認識していたと考えられ、右認定事実のほか、前記認定の本件取引開始までの経緯、取引開始後の経緯、証拠金等の支払状況及び資金手当の状況、主要取引についての経緯等からみて、原告にも本件取引による損害の拡大について慎重さを欠く点があったことは否定できず、これらの諸事情を斟酌すると、原告の過失は三割と認めるのが相当である。

そうすると、原告が被告らに請求しうる損害賠償額は二〇六四万七二一七円(円未満切捨)となる。

八  結論

以上の次第で、原告の請求は、二〇六四万七二一七円及びその遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告会社の請求は理由がない。

(裁判官 森髙重久)

<以下省略>

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